夏目漱石は、近現代文学史にそびえる明治時代の文豪の一人であり、英文学者でもある。文学を追究し続けた漱石にとって、少年時代、漢学塾二松學舍で学んだことが、彼の小説における儒教的な倫理観や東洋的美意識を磨いたといわれる。小説のほかにも漢詩や俳句を多く残した漱石の二松學舍時代を見てみよう。
明治 14(1881)年4月、夏目漱石(本名・夏目金之助)は、当時漢学塾だった二松學舍の門を叩いた。その年の「二松學舍入学者名簿」には「塩原金之助」の名が記載されている。
『二松學舍百年史』によれば、漱石が学んだころの二松學舍の状況について、漱石は次のように語っている。