二松學舍大学有名出身者

 

夏目漱石(1867〜1916)

夏目漱石

 夏目漱石は、近現代文学史にそびえる明治時代の文豪の一人であり、英文学者でもある。文学を追究し続けた漱石にとって、少年時代、漢学塾二松學舍で学んだことが、彼の小説における儒教的な倫理観や東洋的美意識を磨いたといわれる。小説のほかにも漢詩や俳句を多く残した漱石の二松學舍時代を見てみよう。

 明治 14(1881)年4月、夏目漱石(本名・夏目金之助)は、当時漢学塾だった二松學舍の門を叩いた。その年の「二松學舍入学者名簿」には「塩原金之助」の名が記載されている。
  『二松學舍百年史』によれば、漱石が学んだころの二松學舍の状況について、漱石は次のように語っている。


 

 

漱石は、明治 14年7月に第3級第1課を、同年11月に第2級第3課を卒業した。授業内容は次のようなものであった。

第3級第1課
  唐詩選、皇朝史略、古文真宝、復文。

第2級第3課
  孟子、史記、文章軌範、三体詩、論語。

  多くは3級程度で、2級以上の学力を有する者はまれだったという。


  漱石が在籍していたのは、わずか1年ほどだったが、多感な少年時代に二松學舍で培った漢詩文の知識と教養は、文豪のその後の人生に大きな影響を与えた。

       
 

中江 兆民(1847-1901)

明治期の思想家。仏国留学後、西洋学識の啓蒙に尽力。

自由民権運動に影響を与えた。

 
   

犬養 毅(1855-1932)

国会開設以来、政党政治家として活躍。内閣総理大臣。

青年将校らによる5・15事件で死去。

 
 

嘉納 治五郎(1860-1938)

講道館を創設し、柔道普及に尽力。日本体育協会創設者。

初代IOC委員として活躍。

 
   

平塚 雷鳥(1886-1971)

女性解放運動家。婦人文芸集団・青鞜社創設。

市川房枝らとともに婦人参政権運動に尽力。

 
 

嘉悦 孝子(1867-1949)

横井小楠の影響を受け、女子教育に道徳と経済を重視、

日本女子商業学校を創立。

 

 


サイトマップ 個人情報保護方針 お問い合わせ アクセス